ゆっくりと柏崎に恩返しをしていきたい。シルバー人材センターを通して学んだ『生き甲斐』の見つけ方
自分がいなくても社会はまわっていく。
そんな、東京でわずかに感じていた疎外感は、なくなった。
都内の大学卒業後、公益社団法人柏崎市シルバー人材センターに就職した髙橋歩夢さん。
柏崎の社会をまわす一員としての実感が日々の活力になっているという。
仕事とプライベート、どちらも欠けることなく生きていける。
そんな柏崎での満ち足りた暮らしを聞いた。
自分の中のホスピタリティを活かしたい
- プロフィール
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- お名前
- 髙橋歩夢さん (公益社団法人柏崎市シルバー人材センター)
- コメント
- 1995年、柏崎生まれ、柏崎育ち。高校卒業後は東京の大学の経営学部へ進学。新卒で公益社団法人柏崎市シルバー人材センターに就職。市民活動に関わる中で誘いを受け、地元サッカーチームのコーチとしても活躍している。
「両親も親族も柏崎の人で、僕が柏崎を出たのも大学時代の4年間だけでした。就職活動をして都内の企業からも内定はもらっていたのですが、結果的には地元で働きたいと思って、卒業と同時に帰ってきました」
都内ではポスピタリティを活かせる職場として、ホテル・ブライダル関連に絞って就職活動をしていた。しかし、東京の暮らしの中でわずかに感じていたことが引っかかっていたという。
「東京って自分が関わっていなくても社会がまわっていく感覚がありました。いてもいなくても社会全体では困らないというか。それなら地元に貢献したい。そういう気持ちが強かったですね」
どこか自分ごとに思えない小さな疎外感が混じっていた暮らし。上京してから感じていた違和感は、少しずつ大きくなっていった。
「友達もいて遊ぶこともあったし、講義もバイトもしっかりやっていましたよ。休みの日なんかは、家で寝てばかりでしたね。元々、出不精なところがあって、あまり外に出る気にならなかったです。でも、たまに柏崎に帰省したときはすごく楽しくて。やっぱり地元に愛着があるんだなというのは、ずっと感じていました」
こうして、髙橋さんは4年間の東京生活を終え、公益社団法人柏崎市シルバー人材センターに就職した。短所に感じていた「人から嫌われたくない」というネガティブな気持ちも、「人の役に立てるように努力ができる」と長所として捉え、仕事やプライベートを充実させていった。
仕事もプライベートも充実した生活
「元々、積極的に外に出るタイプではなかったのですが、柏崎に帰ってきて色んな人と関わるうちに、興味の幅や関わり方の幅が広くなりました」
髙橋さんが働くシルバー人材センターは定年退職後の高齢者に仕事を紹介するのが役割。通常は一般家庭の庭木の剪定や家事手伝い、時には施設管理人などの手配をしている。しかし、その本質は高齢者の生き甲斐をつくること。そのためなら、どんな事業展開も可能といういう組織体制が仕事の魅力だという。
「シルバー人材って草刈りのような仕事のお手伝いさんみたいなイメージがあるかもしれないですが、柏崎では農場や店舗も運営しています。農業をやったことのない方も協同作業の中で農業に関わってもらって、自分で作ったものを店舗やバザーなどで販売する。お金のやり取りやコミュニケーションが生き甲斐になっている方もいらっしゃいます」
独自の取り組みを通して、生き甲斐をつくっている。全国的にも人口に対する加入割合が高く、現在は1200名以上の方が登録をしているそうだ。地域と高齢者の関わり方をつくる仕事をする中で、自分自身も柏崎の社会に関わっていく楽しさを学んでいったという。
「僕が体験したことや知ったことが高齢者の生き甲斐づくりのヒントになる。そう考えると僕の目もまちづくりに向くようになってきました。例えば、ここ夢の森公園の中にあるカフェでは、シルバー会員が育てた野菜を使ってもらっています。地産地消を取り入れてくれる飲食店とのつながりも意識すると、地元がより好きになります」
東京にいたら、味わうことのなかった感覚。まちに向ける関心、誰がどこで、どんなことをしているのか。そんなことは東京で暮らしていた時は、あまり意識していなかった。
まちづくりの現場にも顔を出してみると、新しい関係性も広がった。知り合いが増えたことで、そこからさらに、新しい柏崎との関わり方も増えていく。
「Like Work Schoolという『地域で好きなことを仕事にする』という半年間の講座を受けました。出不精だった僕にとっては、柏崎と関わる新しい一歩になったと思います。柏崎は人口8万人弱の都市とはいえ、受け身でいたら衰退していく。だからこそ、自分の仕事や生き甲斐が、まわっている社会の一部になっている。そんな手応えを感じていますね」
ゆっくりと柏崎に恩返しをしていきたい
生まれ育った故郷と良好な関係を築くことができた髙橋さんは、これからは『恩返し』をテーマにライフスタイルをつくっていきたいと話す。
「まちづくりに関わっていたことがきっかけで、小さい頃に入っていたサッカーチームのコーチをすることになりました。市民活動やまちづくりをしているプレイヤーが集まる場所に行くと、繋がりって増えますよね」
ずっと地元に持っていた愛着。髙橋さんなりの方法で表現したいという。
「地元に恩返しをしていきたいです。これから50年近く暮らしていくまちなので、衰退していって欲しくないですから。まだまだ、まちづくりと言えるところまで昇華できていないですが、シルバーさんとまちづくりのプレイヤーを繋げていくような取り組みができたらいいなと思っています」
新しいことを始めるのは、とても大変なことに思える。しかし、ボランティアやお手伝いから始めていき、長い時間をかけて自分自身がやってみたいことを形にしていくことならできそうだ。柏崎に根を張り、生きていくことを見据えているからこそ、仕事もプライベートも充実させながら、ゆっくりと恩返しをしていける。
「僕自身は尖っていなくていいです。色んなことを広く浅くでいいから、ゆっくり楽しみたい。まちづくりだけではなく、アウトドアやレジャー、山登りにスキーやスノーボード。釣りやキャンプなんかもそうですが、年に1,2回くらい気軽に楽しむくらいがちょうどいい。四季と自然が豊かな柏崎なら、そんな距離感で楽しめます」
慣れ親しんだ地元だから、肩の力を抜いて暮らすことができる。何もないと悲観的にならずとも、自分次第でいくらでも楽しみ方を見つければいい。
「何も、『柏崎を捨てたい』という気持ちで出ていった人はいないと思います。えんま市のような大きなお祭りの時に、帰ってくる人も多い。きっと、どこかに地元への愛着を持っているはずです。そういった愛着を色んな場所で表現してもらえたら、高齢者と社会の接点も増える。そんな柏崎になってくれたらいいですね」
社会との接点、地元との接点。高齢者も若者も同じように、自分も柏崎という地域社会の一員であることを感じられた時に『生き甲斐』を見つけることができるのかもしれない。
楽しみ方は自分次第。焦らずに長い時間をかけて、充実した柏崎での暮らしをつくっていこう。